花散らしの雨〜みをつくし料理帖〜/高田郁 ”ありえねぇ”と”忍び瓜”

みをつくし料理帖第二弾「花散らしの雨」から、「ありえねぇ」と「忍び瓜」を作りました。
夏のお話しで、どちらも胡瓜のお料理です。
「ありえねぇ」はたんなる蛸と胡瓜の酢の物なのですが、江戸では蛸の旬と言えば冬で
どうも夏に食べるのは野暮だったようです。

「夏に蛸ねぇ」
 俺ぁどうも、と首を振っている店主に、澪は軽く肩を竦めて笑ってみせた。
 胡瓜は薄く小口に刻んで、軽く塩をして揉み洗い、さらにさっと酢洗いしておく。新生姜は針状に細く切って水に放つ。塩揉みしてぬめりを取った蛸は茹でてからそぎ切り。
(中略)
醤油を控えて出汁を加え、塩で味を調えると、涼しげな合わせ酢になった。



新生姜を忘れてしまったので、普通の蛸の酢の物になってしまったけれど、きちんと出汁を取って作ると
醤油を控えめにしても、しっかりと、でもすっきりとして美味しいです。
普段食べない夏の蛸を食べて、お客さんたちが「ありえねぇほど旨めぇ」と口々に言い始めで
この蛸の酢の物の名前が「ありえねぇ」になってしまった、というわけです(笑)。


それで人気の一品になったのに、お侍さんたちはどうしてもこのお料理を食べてくれず
何故かとたずねると、胡瓜の切り口が徳川家の御紋に似ているからだと言う。



三葉葵に見えなくもない…?
ほかにもお侍さんに出してはいけないものとして「鮗(このしろ)」があるそうで
なんでも「”この城”を焼く」だとか「”この城”を食う」だとか語呂が
落城や謀反を連想させて縁起でもないからだそう。


そこで、切り口を崩すお料理を出すことにするのですが、それが「忍び瓜」。
お侍さんが忍んで食べにくる胡瓜ということで、とても人気になる料理。

「この胡瓜には心底、恐れ入った。見ろ、僅かな浸け汁まで飲み干してしまった。胡瓜の切り口が潰れているのがまた良い。女料理人としては上出来だ」
 ありがとうございます、と澪はにこにこと笑顔になった。
 胡瓜は擂粉木でばんばんと叩いてから、一本を四つか五つに切る。擂粉木で叩いておくことで、切り口は御紋の形には見えない。これをさっと湯掻いて、酢と醤油と砂糖と出汁、それに鷹の爪を胡麻油を合わせた浸け汁に入れる。それだけのことなのに、清右衛門をはじめ、つる家のお客たちが驚愕するほどに美味しいのだ。



胡瓜を叩くのと、湯掻くことで味がより染みやすいのか、少しの時間ですぐ味が入り、
しかもよく冷やすと歯触りはパリッとするのが不思議。
ぴりっと辛くて、これも簡単でなにか一品足りないときに重宝しそうな、おいしい胡瓜のお料理です。


花散らしの雨 みをつくし料理帖

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