やまなし/宮沢賢治 ”よく熟してゐて、いい匂ひのやまなしのお酒”

 小さな谷川の底を写した二枚の青い幻燈です。


五月と十二月という二篇からなるこの不思議な話との出会いは、小学生のころの国語の教科書。
大好きな宮沢賢治の、大好きな作品です。

 二疋(ひき)の蟹(かに)の子供らが青じろい水の底で話てゐました。
クラムボンはわらつたよ。』
クラムボンはかぷかぷわらつたよ。』
クラムボンは跳てわらつたよ。』
クラムボンはかぷかぷわらつたよ。』
 上の方や横の方は、青くくらく鋼のやうに見えます。そのなめらかな天井を、つぶつぶ暗い泡が流れて行きます。


クラムボンてなんだろう?蟹の名前?なにか別のいきもの?
いろいろな解釈があって、いったい何なのかは今もまだ謎のままですが
わたしはクラムボンクラムボンなのだ、というところに落ち着いています。
クラムボンはかぷかぷわらうもの。そして殺されてしまうもの。
だって全てのものに名前をつけて分類をする、ということがわたしにとって果たしてどれだけの意味があるのか。
ましてや、青い水面の天井の、水銀色の泡や、瑠璃色のカワセミや、ラムネの瓶の月光や金剛石の光に囲まれた
この美しい文学作品の世界の中に、名前や分類など、たいした意味は持たない気がするんです。
でも幼いころのわたしに、この不思議なクラムボンと、水の中の美しい世界の描写が
ずっとずっと記憶に残ることとなりました。

 そのとき、トブン。
 黒い円い大きなものが、天井から落ちてずうつとしづんで又上へのぼつて行きました。キラキラツと黄金(きん)のぶちがひかりました。
『かはせみだ』子供らの蟹は頸(くび)をすくめて云ひました。
 お父さんの蟹は、遠めがねのやうな両方の眼をあらん限り延ばして、よくよく見てから云ひました。
『さうぢやない、あれはやまなしだ、流れて行くぞ、ついて行つて見よう、あゝいゝ匂(にほ)ひだな』
 なるほど、そこらの月あかりの水の中は、やまなしのいい匂ひでいつぱいでした。
 三疋(びき)はぽかぽか流れて行くやまなしのあとを追ひました。
 その横あるきと、底の黒い三つの影法師が、合せて六つ踊るやうにして、山なしの円い影を追ひました。
 間もなく水はサラサラ鳴り、天井の波はいよいよ青い焔(ほのほ)をあげ、やまなしは横になつて木の枝にひつかかつてとまり、その上には月光の虹(にじ)がもかもか集まりました。
『どうだ、やつぱりやまなしだよ、よく熟してゐる、いい匂ひだらう。』
『おいしさうだね、お父さん』
『待て待て、もう二日ばかり待つとね、こいつは下へ沈んで来る、それからひとりでにおいしいお酒ができるから、さあ、もう帰つて寝よう、おいで』
 親子の蟹(かに)は三疋自分等の穴に帰つて行きます。
 波はいよいよ青じろい焔をゆらゆらとあげました、それは又金剛石の粉をはいてゐるやうでした。

この文章は二編のうちの十二月から。
五月に川に飛び込んできたのはかわせみでした。だから子どもたちはかわせみと思うのだけれど
十二月の川に飛び込んできたのはいい匂いのするやまなしでした。
これを読んだときに、もちろんお酒になど興味のない小学生でしたが無性に、おいしそう、と思ったものです。
なので、念願のやまなしのお酒を作ってみました。


そもそも「やまなし」ってなんだろう?
わたしは子どものころからやまなしのイメージはなぜか洋梨でした。



日本の話だし、挿絵は普通の梨みたいな感じだったはずなのに、なにも疑わず洋梨をイメージしていました。
けれど、今回調べてみたところによると、どうやらいわゆる普通の梨でも、もちろん洋梨でもなく
オオウラジロノキという、バラ科リンゴ属の果実のようです。別名オオズミとも言います。



教科書の挿絵になっていたのは確かにこんな形だったなあ、となんとなく思い出しました。
だけど今回は、まずは幼いころにわたしが憧れた洋梨のお酒を作ることにしました。
通常、果実酒を漬けるときはホワイトリカー。これは甲類焼酎で無色透明。香りもクセもほとんどなくて
果実の味や香りを活かすには一番いいと言われているお酒です。
でも、35度以上のお酒ならいいわけで、ジンでもウォッカでもラムでも泡盛でも好きなものを使えばいいのです。
なので、今回はスピリッツの中でもわたしが好きなラムにしました。
普段飲むときはダークラムが多いけれど、今回はきれいな色になるように、ホワイトラムです。バカルディ


洋梨 2個(芯をとって300gくらい)
氷砂糖 80g
ホワイトラム 600ml


常温においておいて、ある程度熟してやわらかくなってから使うといいようです。
傷があるものだと、濁ったり発酵してしまうそうなので、傷のないものを選ぶといいのだそう。
洋梨はきれいに洗って、水気をとって、材料を入れて密封できる容器にいれてひたすら待つだけです。
ときどき瓶をゆすってあげるといいようです。1〜2ヶ月待てば飲めるようになります。
それで、10月のはじめに漬けたので、ちょうど3ヶ月がまんしてこんな風に育ちました。



3ヶ月も待ちました!蟹たちは2日しか待たないで飲めたのに(笑)



でも、がんばって待った甲斐もあってきれいな琥珀色になりました。



とりあえず、ロックで。



とてもやさしくてさわやかな優しい甘みのあるお酒になりました。
洋梨の味自体があまり主張しない味なので、とてもさりげない風味がお酒に移る感じになります。
つまり、果実酒としては少々物足りなさも感じるともいえますが、それでもおいしいです。
夏とか昼間とか、そういうシーンに似あう気がします。十二月というより、五月のイメージ。
でもソーダで割ったりするには、どうもまだ風味が足りない気がします。1年くらいじっくりねかせるといい気がします。
おいしいものをいただくには、手間も、我慢も必要なのだなあ…。


でも、念願の蟹さんたちのお酒が飲めてとても満足しました。
今度は、本当の「やまなし」ことオオズミの実を探して、作ってみたくなりました。
山歩きの時に、注意して見漬けてみようと思います。その時はまたご報告いたします。


今回、果実酒を作るにあたって、いろいろと調べてみたのですが、本当に簡単にできるので
これからは、季節の果物でいろいろ作ってみたいなあと思いました。
今とっても気になっているのがコーヒー豆のお酒。要はコーヒーリキュールなのですが
コーヒー豆をホワイトリカーに漬けるだけで簡単にできるようなので
いろいろな豆の種類で作ってみたら楽しそうです。
そして今回、お酒や食べ物を「育てる」ことのうれしさと楽しさに出会いました。
これはちょっと、くせになりそうです。


最後におまけ。
「やまなし」といえばクラムボンクラムボンで水際と言えば、やっぱりこの曲「波よせて」。
もとはSmall circle of friendsの曲のカヴァーですが、わたしはクラムボンのこの曲が
涙が出るほど、好きなのです。波の音とギターの音が耳に心地よい、
やさしい洋梨のお酒を飲むのに、ぴったりのBGMです。


やまなし (画本宮沢賢治)

やまなし (画本宮沢賢治)