八朔の雪〜みをつくし料理帖〜/高田郁 ”とろとろ茶碗蒸し”

みをつくし料理帖シリーズ1作目「八朔の雪」から茶碗蒸しです。


主人公・澪がもともといた上方では昆布出汁を使う食文化でした。
江戸は鰹を使うのですが、澪が働いているつる家は、もともと蕎麦屋だったため
あらかじめ厚めに削った鰹節を沸騰した湯でぐつぐつと長い時間に立たせて出汁を取っていたので
吸い物や煮物に使うには鰹の味が強すぎてしまったのでした。
そこで、鰹節商で鰹の出汁の引き方を教えてもらった鰹出汁の引き方のポイントは
削りたてを使う、煮えたぎる手前の湯に入れる、吸い物に使う場合は煮立たせない、の3つ。


その鰹出汁に昆布出汁も合わせてさらに出汁を育てました。
そして、その出汁を使って作ったお料理が茶碗蒸しでした。


海老に銀杏、そして百合根。
それが澪の選んだ茶碗蒸しの具材だった。仕上げにこの時期は柚子の皮、春が来れば三つ葉をあしらう予定だ。
種市の話から、江戸の茶碗蒸しが大阪のそれと違うことがわかり、まずは客に味を覚えてもらう必要があった。
そこで、蓋付きのごく小さな器で茶碗蒸しを拵え、店内で鰹飯を注文してくれた客に対して一斉に振る舞うこととした。これだけは澪の拘りで、漆塗りの小さな匙を添える。


今回の具材の主役はこれ。



おがくずに包まれているのは、



百合根です!
百合根、おいしいなあと思うけれど、自分で買うのは初めてでした。
おがくずに包まれていたので、ちょっと痛んでいたのがわかりにくいのが難点…。
下ごしらえは百合根をばらして、塩を入れた熱湯で少し固めに下ゆでしておくこと。銀杏も茹でて薄皮をむきます。


巻末のレシピに載っている分量は卵3個分に鰹と昆布の合わせ出汁を500cc。
今回使った卵は小さめだったので、出汁は400ccにしました。
あとはお醤油、みりん、塩、酒で味をととのえて、卵を濾して合わせます。蒸し時間は強火で2分、弱火で12〜15分。
普通は器に具材を入れてから玉子液を流し入れるのですが、今回は見栄えを考えて、飾り用に具材を少し残しておいて
ある程度玉子が固まってきたところで(弱火にして5分くらい経ったところくらいでしょうか)
後から海老、銀杏、百合根をそうっとのせて蒸します。

ただとわかって、男たちは安心したように椀の蓋を取る。柚子の香りがふわっと舞う。艶々と幕を張ったように滑らかな黄の肌。それに海老の赤、銀杏の翡翠色が鮮やかだ。恐る恐る匙を入れて、客は、うっと声を洩らした。匙を通じての感触が全く未知のものだったのだ。大方の客が匙を目の高さに持ち上げて、ふるふると震える黄色の生地をいぶかしげに眺めた。


なぜ、茶碗蒸しをこんな風にいぶかしげに眺めるのかというと、この頃、江戸で言う茶碗蒸しとは
玉子は使わず野菜とか魚を茶碗に入れて蒸すだけの料理だったようです。

 ざわついていた店内が、水を打ったごとくしんと静まり返った。客たちはただもう呆然と、椀の中を見つめている。
 あかん、口に合わんのや。
 膝から崩れ落ちそうになるのを澪はなんとか堪えた。その時だ。ひとりの客が立ち上がって、俺は夢でも見てるのか、と呻いた。
「とろとろと口の中で溶けちまった。夢に違ぇねぇや。こんな旨いもの、この世にあるわけがねえ」
「違ぇねえ。こいつはまるで極楽の味だ」


極楽の味とまでは言えないけれど、昆布と鰹節できちんと出汁をたっぷり使った茶碗蒸しは
とろとろで、ふるふるで、本当においしかったです。
そしてやっぱり、百合根。茶碗蒸しの具としては初めてでしたが
ほくほくとした食感が、優しい玉子と出汁の味にぴったりでした。
これからどんどん寒くなるので、また具材も変えて作ってみようと思います。



八朔の雪―みをつくし料理帖 (ハルキ文庫 た 19-1 時代小説文庫)

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