/世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド ”ストラスブルグソーセージのトマト・ソース煮込み”

春樹さん4作目の長編。「世界の終り」と「ハードボイルド・ワンダーランド」での出来事が
交互に語られる、パラレル・ワールド。
そしてこの小説は、わたしが今、図書館司書であることの、ちょっとしたきっかけになった物語でもあります。

「どうして図書館につとめたの?」とわたしは訊いてみた。
「図書館が好きだったからよ」と彼女は言った。「静かで、本がいっぱいあって、知識が詰まってるわ。銀行や貿易会社には勤めたくなかったし、先生になるのも嫌だったし」


ハードボイルド・ワンダーランドで、僕が出会う、図書館のレファレンス係の女の子は
”機関銃で納屋をなぎ倒す”ほどの食欲を持っているのです。
とにかく気持ちよく、たっぷりと食事をします。なので必然的に食事のシーンが多いんですよね。
とてもおいしそうに、食事をして、お酒を飲む。たっぷりと。そして気持ちよくたいらげる、魅力的な女の子なんです。
今回は、僕とその彼女の、ある日の朝食。

 私は鍋に湯をわかして冷蔵庫の中にあったトマトを湯むきし、にんにくとありあわせの野菜を刻んでトマト・ソースを作り、トマト・ピューレを加え、そこにストラスブルグ・ソーセージを入れてぐつぐつと煮込んだ。



ストラスブルグ・ソーセージ。これがクセモノで、いろいろなスーパーやデパ地下を見てもなかなか出会えなかったんです。
結局、青山の紀伊国屋で購入しました。
saucisse de Strasbourg。ストラスブルグ(ストラスブール)とはフランスの北東部の地名だそうで
ストラスブルグソーセージっていうのは牛肉のソーセージのことのようです。
でも、わたしが買ったものは、牛肉のほかに、豚肉も入っていました。牛肉が入っていればそれでいいのかしら。
で、湯むきしたトマトでソースを作って、ぐつぐつ。



わたしのありあわせ野菜は、玉ねぎ、にんじん、セロリ。それにローリエローズマリー
ソーセージにも結構ハーブなどが入っているようだったので、あとは塩コショウでシンプルに。

そしてそのあいだにキャベツとピーマンを細かく刻んでサラダを作り、コーヒーメーカーでコーヒーを入れ、フランス・パンに軽く水をふってクッキング・フォイルにくるんでオーヴン・トースターで焼いた。食事ができあがると私は彼女を起こし、今のテーブルの上のグラスと空き瓶をさげた。



これが、朝ごはん!なんてボリュームたっぷりな朝ごはん!
これならコーヒーより、ワインが飲みたくなるから、朝よりせめてお昼に食べたいメニュー。



ソーセージは煮込んでいるうちに、パキッと皮がやぶれて、そこがまたおいしそう。
トマトソースを作るとき、普段はトマト缶を使うけれど、生のトマトを使うことでいつもより酸味もあって、さっぱり。
ソーセージの味がよりいきるかもしれません。
キャベツとピーマンだけのサラダも、意外とおいしくて、簡単だし、緑のグラデーションがきれいで気に入りました。

 食事が終わると私は残ったポットのコーヒーをあたためて一杯ずつカップに注いだ。
「トマト・ソースはなかなかおいしかったわ」と彼女は言った。
ベイリーフオレガノがあればもっとうまくできたよ」とわたしは言った。「煮込みもあと十分足りなかった」
「でもおいしかったわ。こんなに手のこんだ朝ごはんって久しぶり」と彼女は言った。


ベイリーフローリエのこと。ベイリーフは英語、ローリエはフランス語の名前です。日本語では月桂樹の葉
煮込み料理にはおなじみですね。オレガノはなかったので、今回はなしで。
オレガノはシソ科の植物で、ピザとかに乾燥して細かくなったものがかかってたりしますよね。
確かに、美味しそうだし、色もきれいになりそう。
それにしても、こんなに凝った朝ごはんを作ってくれて、ハーブを使いこなせる男のひとって、
村上春樹的世界以外の、いったいどこにいるんだろうか…。
いないことはないけれど、なかなかお目にかかれないです。わたしも朝ごはん、作ってほしい。
あ、でもこのメニューなら、夜がいいかな。おいしいワインも一緒に、お願いしたいものです。


世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド

世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド